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京極先生二次作品 [その他]

何件かお問い合わせをいただいた、デビュー前に私がやっていた京極先生の二次サイトですが、あまりに趣味に走りすぎているためお知らせする勇気がなく(汗)。

取りあえず、あまりまずくなさそうなショートをこちらにupしますね。
3連休の暇つぶしにでもなれば幸いです。
当時(15年前くらい)の文章のままなので、大変読みにくいかと思われますが、その辺はご容赦願います(汗)。

明日ももう1つupします。
BANKARA①


とんとんと階段を登って二階へとあがり、自分の部屋の引き戸を開けようとした瞬間中に人の気配を感じた。彼か?いや、あっちか、と思いながらがらりと戸をあけると
「をを、待ってたぞ」と部屋の真中で寝転んでいた『彼』――榎木津が陽気な声をあげながら勢いよく起きあがったものだから、僕は嫌味ったらしく溜息をついてみせると
「なんだ、榎さん、また下宿を追い出されたのかい?」とじろりと彼を睨んだ。
「失敬だな。いつもいつもそうだと思うなよ?こうして人がわざわざ遊びに来てやったというのに」と榎木津もわざとらしく不機嫌なふりなどしてみせたあと、にやりと笑って
「今晩、泊めてな」と僕に向かって両手を合わせた。
「やっぱり追い出されたんじゃあないか」やれやれ、といいながら僕も彼の傍へと腰を下ろす。
「『やっぱり』はないだろう。下宿の女将があまりに僕に色目を使うのに耐えられなくなったのさ」と榎木津はまたごろりと僕の傍らに寝転ぶと、腹が減ったなあなどと呑気なことを言い始める。
「誰が我慢できなくなったって?」女漁りとは言わないが、彼の放蕩ぶりは一高時代から常に学内で噂になっていた。僕が傍らの本を手に取りながらそう尋ねたのに、榎木津はつまらなそうに
「女将の亭主がだよ」と答えると、
「中禅寺、腹が減ったぞ」と僕の顔を見上げてきた。
「飯まではまだ時間があるよ」確かにここはまかないつきの下宿だが、榎木津の分の夕食も確保できるかは自信がなかった。この下宿の女将さん―――といっても七十の老婆だが―――にも酷く気に入られている榎木津であるから、まあ大丈夫だろうと思いながらそう答えると、榎木津は、むう、と変な声で唸った後、本を読む僕の顔をいつまでも見上げ続けていた。数分後、とうとう根負けした僕が
「なんだい?」と溜息混じりに声をかけると、彼はしてやったり、という顔をしながら
「退屈だ」とまた口を尖らせて見せた。
「かわいこぶっても駄目だよ。退屈なら余所へ行ってくれ」今、僕は読書中だと言いつつまた本へと視線を戻すと
「そう思って先にセキの家に行って見たら、床中にシャーレが置かれていてな。最近あいつの家にいったか?もはや細菌御殿だぞ?」そのうち畳からキノコの大群が生えてくるに違いない、と榎木津は心底嫌そうな顔をして天井を仰いだ。
「ああ、関口君は大学に残って菌類の研究を続けることに決めたそうだからね」と僕はそう返しながら、何故か胸の奥がちくりと痛むような気がして無意識のうちに着物の袷へと手をやっていた。
「へえ、サルもちゃんと進路を考えているんだな」榎木津の茶化した反応に、何故だか今日はカチンときてしまい、僕は彼へと向かって
「そういう榎木津『先輩』は、今年の卒業じゃあありませんでしたかね?既に進路はお決まりに?」と嫌味たっぷりにそう問いかけてやった。榎木津は鼻白んだように一瞬黙ったが、やがて
「やりたいことが見つからないのさ」と言うとふいと横を向いてしまった。当然『馬鹿者、生意気を言うな』とか『神に進路は必要ないだろう』などという豪快な答えを予測していた僕は、そんな彼のしょげ返った様子に罪悪感を覚え、ついつい
「まあ、榎さんは法学部の優等生だ。弁護士にでもなればどうだい?」と僕に向けられた背中に向かって取り繕うようなことを言ってみた。と、榎木津は
「馬鹿馬鹿しい」と大きく溜息をつくと、ごろりとこちらへと寝返りをうち
「他人が何をしようが少しも興味の持てない僕が、弁護士なんぞになるわけないだろう」と僕の顔を見てにやりと笑った。なんだ、ちっともしょげてなどいないではないか、と僕は自分より一枚上手だった彼の顔を見て思わず眉間に皺を寄せる。榎木津はそんな僕の顔をみて、あははと笑うと
「実は先月、『新青年』に僕の書いた挿絵が載ったのさ。暫く描いてみないかと誘われてもいるから、卒業したら絵描きかな」と言って、寝転んだまま大きく伸びをしてみせた。
「画家ねえ…」突然の彼の『報告』に、僕は言葉を失いただそう溜息をつく。
「絵描きだ、絵描き」ポンチ絵だ、と榎木津は訂正すると、ふと思いついたように
「そういやお前は卒業したら、どうするんだ?」と身体を起こしてそう尋ねて来た。
「ああ……」僕は一瞬答えに窮して黙り込んだ。来年、卒業したあとの進路については考えていないわけではない。が、関口君のように『これ』とははっきり決めかねているのも事実だった。榎木津は僕の答えを待つようにじっと僕を見つめている。僕は小さく溜息をつくと
「教師にでもなろうかなあ」と彼から目を逸らしてそう呟いた。
「教師?」と榎木津は声を裏返させるほど驚いた顔をすると
「やめとけやめとけ」と僕の方を見ながらその手を振った。
「何故だい?」その剣幕に驚きながら僕がそう尋ねると
「教師になんぞなったら、四国でバッタを食わされるぞ」とカマドウマが嫌いな榎木津は、これまた心底嫌そうな顔をしてそう答えた。
「何を言ってるんだか」真剣に相手をすることが馬鹿馬鹿しくなってしまい、僕は再び膝の上で開いたままになっていた本へと視線を戻す。
「僕はお前が家業を継ぐもんだとばかり思っていたよ」ぽつり、と榎木津が独り言のようにそう言った。僕は再び彼へと視線を戻しながら
「継ぐには継ぐが…副業にしかならないよ」神社は儲からないからね、と再び寝転んで天井を見ていた彼へ向かってそう答え、
「榎さんこそ、家に戻れと言われているじゃあないのか?」と逆に彼に問い返した。榎木津の父は手広く貿易会社を経営してるたはずだ。が、榎木津は興味なさそうに
「馬鹿息子達には会社を継がせんと馬鹿親父が頑張っているからな」と答えながら、「こちらもそんなつもりもないけどな」と笑って見せる。
「ふぅん」あまりされたい話しではないのかな、と僕は察し、早々に話しを打ちきるとみたび本へと視線を戻した。榎木津がこちらをじっと見ているような気配を感じたが、なんとなく弾まぬ話を続けるのも面倒なので気付かぬふりをし続ける。と、榎木津は
「なんだ、また例の『先生』のところに行ったのか」と再び起きあがりながら、僕の方へとにじり寄ってきた。
「……見るなよ」どうせ僕の記憶を『見た』のだろう。退屈凌ぎに人のプライバシィに踏みこむとは言語道断、と僕が彼を睨みつけると
「そんなに素晴らしい『先生』なのか?」と榎木津は僕の視線など全く意に介さぬように続けてそう尋ねて来た。彼が言う『先生』というのは、僕が連日通いつめている築地の明石先生のことである。通っても通っても学ぶところばかりの先生に、正直僕は入れあげていると言ってもよかった。
「『素晴らしい』なんて言葉じゃ、先生の素晴らしさは語り足りないね」と僕が答えると、榎木津はにやにや笑いながら
「お前は格好も書生だが中身もほんとに書生だな。そんなに血道をあげるのはいいが、乃木将軍に殉死されないように気をつけろよ」とふざけたことを言ってきた。
「今日は漱石づいてるじゃあないか」「四国」で「バッタ」は『坊ちゃん』、「書生」に「殉死」は『こころ』だ。少しも挑発に乗ってこない僕に、榎木津はつまらなそうに溜息をつくと、ふたたび
「腹が減ったなあ」と大きな声を出したのだった。


榎木津は―――こう見えて、実は本当に焦っているのかもしれない。
卒業後の自分が少しも見えてこないことに。僕にとっての明石先生や、関口君にとっての菌類のように、心酔するものを何も持たぬことに。

彼の苛立ちは僕にとってもひとごとではなかった。明石先生を師と仰いではいるが、彼は僕の人生に指標を示してくれるわけではない。僕の前にも、関口君のように確固たる未来が開けているわけではないのだ。その上、日毎にきな臭くなってくるこの世情―――僕たちの未来は、あまりにも厚い雲に阻まれている。
榎木津が関口の処を逃げ出して僕のところに来たのは、もしかしたら僕も同じように将来を悩んでいることに無意識のうちに気付いていたからかもしれない。一高時代から僕たちの後をのろのろとついてきた関口に先を越されたことも、彼の苛立ちの原因の一つなのかもしれなかった。
「なあ」
思わず僕は彼に向かってそう声をかけていた。
「なんだ?」榎木津が面倒くさそうに僕の方を見やる。
「もし……僕のこの部屋も細菌を入れたシャーレに溢れているとしたら……」言いながら、僕は自分が何を言っているのかわからなくなってきていた。
「あんたはどっちを訪ねる?」
「は?」榎木津はそれこそ鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして僕を見た。僕も、自分で自分の言葉に驚いてしまってそのまま無言で彼の顔を見返す。

軽いジェラシイだったのかもしれない。
榎木津が関口の確固たる未来に嫉妬したように、僕もそんな関口に対して嫉妬を覚えたのかもしれない。だからといってこんな対抗の仕方はなかったか、と僕が『今のことは忘れてくれ』と榎木津に向かって言いかけたそのとき
「やめておけ」と榎木津は僕の顔を見て笑った。
「え?」思わず僕は間の抜けた声を発していた。
「そこら中、本に溢れたこの部屋に細菌まで持ちこんでどうする。セキはセキ、お前はお前だ」
榎木津はそう言って、何が可笑しいのかその場で腹を抱えて笑いはじめた。
「榎さん?」気でも狂ったのかと僕は心配になり、げらげらと笑い続ける榎木津におそるおそる声をかける。
「第一セキは作れてせいぜい水虫菌くらいだろうが、お前はペスト菌でも作りそうじゃあないか」笑いながら榎木津は、「お前がニタニタ笑いながら細菌を培養しているところを想像したら、あまりに嵌りすぎてて腹が痛いぞ」と、腹を抑えながら苦しげに笑い続けている。
「勝手に想像変な想像しないでくれ」無愛想にそう返しながら、彼につられたように笑い出しそうになるのを、僕は必死になって仏頂面の下に抑え込んでいた。

『セキはセキ、お前はお前だ』

あまりにも当たり前のその事実。だが、榎木津にそう言われるまで、僕はそのことに気付かずにいた。同時に榎木津は、自分に対してもその言葉を投げかけたのだろう。吹っ切れたように笑い続けるその姿を見ながら、僕はどうしても微笑みそうになる自分の頬をまた厳しく引き締めた。
榎木津はひとしきり笑ったあと、「さあて」と徐に立ちあがると、
「風呂にでも行こうぜ」と僕を見下ろして来た。
「風呂?」いつもながらに唐突な言動に、僕はあきれて彼を見上げる。
「そろそろ銭湯の開く時間だ。出掛けに花ちゃんにメシを頼んで、誰もいない風呂で泳ごうじゃないか」
榎木津はそう勝手なことをいいながら―――因みに『花ちゃん』というのは、この下宿の七十歳になる女将だ――、「をを、そうだ!」とまた思いついたように
「お前の袴を貸してくれ」と僕に向かって片手を差し出してきた。
「なんで???」全く彼の意図が読めない。僕がそう訪ね返すと彼はまた、あははと笑って
「なんだか僕も今日は書生気分なのさ。下駄を鳴らして銭湯へ行こうじゃないか」と僕を無理矢理立ちあがらせると、早く早くと幼い子供のようにこの袖口を引張ってせかしてきた。やれやれ、と僕はわざとらしく溜息をついてみせると
「僕の袴じゃ短いと思うぞ?」と言いながらも仕方なく郡の中から彼に袴と着物を出してやった。彼は五月蝿いくらいにはしゃぎながら、それを身につけ終わると
「どうだ?」と僕に向かってモデルのようにポオズをとってみせる。
「似合う似合う。何処から見ても書生さんだ」投げやりに僕はそう答え、出発進行、と騒ぎまくる彼の後について自分の部屋を出たのだった。

予想通り、花ちゃん――女将は榎木津の夕食を出して欲しいという『お願い』を快諾したばかりか、彼が袴姿なのにも関わらず、履いてきた靴で出て行こうとすると
「これを履いてお行きなさい」と彼女の夫である「おじいさん」のだという下駄まで貸してくれた。榎木津は喜んで礼を言い、カラコロと音をたてながら銭湯への道を歩いて行く。
「『風呂で泳ぐべからず』ってね」とまだ漱石を引きずっている彼に向かって、僕は
「そういえば榎さん」とあることを思い出してそう声をかけた。
「なに?」榎木津は上機嫌のままにそう振り返って僕を見る。
「さっき、僕はペスト菌を作りそうだから怖いが、関口君は作れて水虫菌だから怖くなんてないと言ったね」涼しい顔をしながらそう言う僕に、
「それがなにか?」と不審そうに彼は眉を顰める。僕はこみ上げる笑いを抑えながら
「女将のご主人……ひどい水虫持ちなんだよねえ」と彼の履いていた下駄を指差してやった。
「なんだって?」榎木津は慌てて下駄を脚でもって放り投げるとそのまま裸足で走りはじめる。
「借り物を粗末にするなよ」そんな彼の背中に向かって僕は大きな声でそう言うと、自分もカランコロンと下駄を鳴らしながら銭湯への道を歩いていった。

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