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京極先生作品の二次サイト掲載作(その2) [その他]

昨日予告したその2です。
これは2002年2月22日にupしていました(今見た)。
しかしねこのひとかまったく関係ないです(笑)。

京極先生のサイトは2つやってました。
あの頃サイト同士で行き来していた皆さん、お元気かな。
もう10年以上前になるんですね。としみじみしつつ、当時のものからまったく修正していないので、文章読みにくいし、文章のルールもめちゃめちゃですが、まだデビュー前だったということでご寛容ください(汗)
因みにデビューはこの年の10月でした。




BANKARA2




「中秋!中秋!」
外から聞こえる抑えたその声に僕は浅い眠りから覚め、やれやれ、と布団の中で小さく溜息をついた。僕をそんなふうに呼ぶのは彼しかいない。新しい下宿先が漸く見つかったと一週間も居座ったここから出ていってくれてからまだ三日しか経っていない。僕は手探りで布団の傍に畳んでおいたどてらを布団の中へと引き込んで身につけると、寒さに身を震わせながら通りに面した窓を開いた。
「やあ」
窓を開ける音でそれと察したんだろう、白い息を吐きながら彼が――榎木津先輩が僕に向かって片手を上げる。
「……なにが『やあ』だ」僕は溜息混じりにそう小さく呟くと、手振りで、待ってろ、と彼に伝え、音をたてないように階段を降りて玄関の戸を開けてやった。
「ご苦労」榎木津は、頬は勿論その形のよい鼻の頭までもが赤くなっていた。僕の傍らを擦りぬけたときの彼の着衣からも驚くくらいに冷気が感じられて
「どのくらい外にいたんだい?」と僕は女将を起こさないよう声を潜めながらも、これはやっぱり彼女に火を借りて火鉢の炭でもおこしてやったほうがいいかと、階段を登って僕の部屋に向かおうとする彼の背中を掴んだ。
「う~ん、どのくらいかなあ?あまりお前にばかり世話をかけちゃ悪いと色々廻ってきたが、こんな夜中に起きてる奴はいなかったからな」榎木津は半身だけ返してそう答えてくれたが、すぐに、寒い寒い、と階段を駆け登っていってしまった。今度は一体何をやらかしたんだろう、と僕は引越しも手伝った彼の新しい下宿を思いやった。老若を問わず榎木津は、下宿の女将という女将に常に気に入られ、多少の問題を起こしてしまう。その為に一高の寮を出て以来、彼は既に七回も下宿を変えていた。「野良犬に噛まれたようなものだ」というが、どっちが野良犬かわかったものではない。流石に七回目の今回は彼も懲りたのか、男寡の経営する下宿――流石に賄(まかな)いはつかないらしかった―――に決めたのだったが、あのどこか腺病質な感じのする大家と何か問題を起こしたのだろうか、と僕は首を傾げながらも彼の後について自分の部屋へと向かった。
「……あのね、榎木津先輩。そこ、僕の布団なんですが」
部屋に入った途端、今まで自分が寝ていた布団が不恰好に膨れ上がってるのにまず目がいった。榎木津はコートも脱がずに布団に潜り込んでしまったらしい。
「ご苦労じゃった、サル。よくぞわしの為に布団を暖めておいてくれた。褒美をとらすぞ」
布団の中から榎木津が陽気にそう言うのだが、寒さで歯の根が合ってないために変にくぐもった声に聞こえる。
「サルは関口君だろう。だいたい僕はあんたの為に草履を温める気はないね」どうせ尻に敷いたとか因縁つけられるんだろう、と言うと、榎木津はあははと笑って
「なんでそういちいち絡んでくるかなあ」と布団から顔だけ出して、
「お前も入るか?」と掛布団を持ち上げてきた。
「お断りします」即断即決、即座にそう断ると、僕はやれやれ、と聞こえよがしに溜息をつきながら押し入れからもう一組の布団を出しはじめる。
「可愛くないねえ」榎木津は苦笑しながらも、寒い寒いとまたもや布団に潜り込んでしまった。僕は冷たい布団にどてらを着たまま潜り込むと、冷え切ってしまった手足を擦り合わせるようにして暖を取ろうとした。何となく理不尽だ。僕が暖めていた布団に労せずして寝ている榎木津は狡いじゃあないか、と思いつつ恨みがましく今まで寝ていた布団を見やったが、既にその膨らんだ掛布団は規則正しく上下していて、僕は心底榎木津の寝つきのよさを羨ましがりつつまた溜息をついた。

昔から僕は寝つきも悪く眠りも浅いのだった。寮にいる頃には、同室の関口君が魘される声によく目を覚ましたものだ。彼には僕が気付いていることを知られないほうがいいかと思って敢えて問質すこともしなかったが、未だに彼は一人下宿でうなされる夜を過ごしているのだろうか――
ともあれ、そういった僕の体質にいち早く気付いたのは、門限破りの常習犯だった榎木津で、こっそり夜帰ってきては僕たちの部屋に小石をぶつけて寮の鍵を開けさせた。未だにそのクセが抜けない榎木津は、夜中、下宿に戻れぬ理由がある日は僕の下宿の前に立つ。
「石などぶつけなくても、お前は外から呼ぶだけで起きるからな」そんなに眠りが浅くてよく授業中も舟を漕がないでいられるものだ、と榎木津は誉めてるんだかあきれてるんだかわからない口調でよく僕を揶揄したが、この僕の体質の恩恵を一番蒙っているのが彼であるという事実には気付いていないようだった。
今回一体彼は何をやらかしてきたんだろう、と僕は再び傍らの盛り上がった布団を見やった。と、むくむくとその山が動いて、いきなり榎木津の頭が飛び出してきたかと思うと
「暑い」と言って、ごそごそ布団の中で彼は外套を脱ぎ始めた。まだ布団の中で震えていた僕の恨みがましい視線に気付いたのだろうか、榎木津は半身だけ起き上がって外套を脱ぎ切ると、
「そんな薄い布団じゃあ寒いだろう」
と隣で寝ている僕の布団の上にそれをかけてくれた。
「有難う」そもそも僕から布団を取り上げた彼に礼を言うのも納得いかなかったが、それでも一応礼は尽くしておかないとと頭を下げながら、僕は彼がその外套の下に着ていたものが寝巻きだったことに気付いて、思わずまじまじとその姿を見つめてしまった。
「なに?」榎木津はバツの悪そうな顔をしながらまたごそごそ布団へと戻っていく。
「一体何があったんだい?」寝巻きに外套をひっかけて飛び出してこなければならないようなどんなことを、彼は新しい下宿でやらかして来たというのだろう。今度こそは長続きしそうだと僕も榎木津も、そしてもう一人、引越しを手伝わされた関口までもがほっと胸を撫で下ろしていたというのに―――という思いが篭ってしまったのだろう、問い掛ける僕の声に剣があるのを察した榎木津はしぶしぶといった風に布団から顔を出すと
「不可抗力だ」とぼそりとそう呟いた。
「何が?」僕はかけてもらった外套を顔の方まで引っ張り上げながらそう尋ね返す。
「……僕も随分rangeは広いほうだが…男はごめんだ」
「は?」益々ぼそぼそと小さな声で呟く彼の言葉に、僕は思わずそう声をあげ――心底嫌そうな顔をしている彼の顔からその言わんとしていることを察し、思わず布団の中で吹きだした。
「なんだ、ひとごとだと思って…」榎木津が益々不機嫌そうな顔をするのに
「ごめんごめん」謝りながらも僕は、榎木津の身に起こった災難にまたもや笑いが込み上げてくるのを必死で押さえ込んだ。
「なんとなく変だとは思ってたんだ。セキの作る粘菌みたいな粘っこい視線を感じてたからな。でもまさか夜中に真っ裸で布団の中に入ってくるとは思わなかった。思わず投げ飛ばしてやったのに、それでもしつこく縋ってくるから、流石に気味が悪くなって逃げ出して来たのさ」
今、思い出すだけでも、おお、気持ちが悪い、と言いながら榎木津は怒り心頭といった調子で一気にそうまくし立てた。僕は思わずあの大家の顔と、慌てふためく榎木津の姿を想像してしまい、悪いと思いつつも声をあげて笑ってしまった。
「笑い事じゃあないぞ?真っ裸だぞ?真っ裸。あのウラナリ顔の大家が真っ裸で、投げても投げても縋って来るんだぞ?どれだけ気味悪かったと思ってるんだ」と榎木津は益々不機嫌そうに口を尖らせたが、その画を想像するだけで僕は呼吸が苦しいくらいに笑い転げてしまい、榎木津の不興を買い捲った。
漸く笑いが落ち着いてきたころには、僕の身体はすっかり温まっていた。
「災難だったねえ」流石に笑いすぎたかな、と少し反省して、随分前から黙り込んでしまった榎木津に僕はとってつけたような見舞いを言ってやった。
「ふん」榎木津は、それだけ笑っておいてなんだ、とぼやきながら僕に向かって背を向ける。
「悪かったよ。また下宿を探すのは手伝うから機嫌を直してくれ」僕はそう言いながら、そういえば彼は一高時代も先輩や同輩、そして後輩の男色趣味のある輩から熱い視線を集めていたなあ、などと懐かしいことを思い出していた。男寡と思っていたあの大家にもその趣味があったのか、と再び『真っ裸で』迫ってきたというその姿を想像して笑いが込み上げそうになるのを必死で押さえ込んだそのとき
「なあ」
向こうを向いたまま、榎木津がぽつりとそう声をかけてきた。
「なんだい?」
「……愛って…なんなんだろう」
「は?」
思いもかけない彼の問い掛けに、僕は素っ頓狂な声をあげてしまった。沈黙が二人の間に流れる。榎木津は一体何を考えて『愛とはなんぞや』などと今頃言い出したのだろう、と僕はそんな彼の後ろ頭を――布団から頭しか出てなかったからだ――しみじみ眺めてしまった。と、榎木津は小さく溜息をつくと
「朴念仁のお前に聞いても仕方がないか」とぼそりと失礼なことを言い、
「忘れてくれ」と半分だけこちらを振り返ってそう言った。
「朴念仁で悪かったな」別にそれで怒ったわけじゃあないが、榎木津の何処か沈んだ様子は気になったので、僕はそれをネタにして絡んでみることにした。
「確かに僕には女ッ気はないが、あんたみたいに、相手をとっかえひっかえするのもどうかと思うがね」我ながら意地の悪い口調でそう言うと、榎木津は
「好きでとっかえひっかえしてるわけじゃあないさ」と投げやりな口調でそう答え、ごろりと寝返りをうち天井を向いた。
「勝手にわらわらと寄って来るだけだ。皆、いちように僕の見た目のことばっかり言ってくる。やれ綺麗だの、やれ美しいだの…」榎木津はそこで大きく溜息をつくと
「もう、うんざりだ」と再び寝返りを打つと僕に背を向けてしまった。
その吐き捨てるような調子に、僕は彼の鬱積した思いを見たような気がして思わず言葉を失ってしまった。榎木津は確かに稀に見る美貌の持ち主だと思う。僕が一高に入学した頃から今に至るまで、それこそ西洋の人形のようだとか、宗教画の天使のようだとか、榎木津のその美貌に対する賛辞は様々な処から聞こえてきたものだったが、そのことを彼が疎ましく思っているなどと、今日このときまで僕は考えたこともなかったのだった。そんな恵まれた容姿をして何を贅沢言っているんだ、と言う者も多いかもしれないが、彼にしてみたら、その恵まれた容姿ゆえにこうして六度も下宿を変わることになり、その挙句に今度は男にまで言い寄られ――そのせいで今夜、この寒い中を彷徨うことになってしまったことで、流石の榎木津もほとほと嫌になってしまったのだろう。
「皆、あんたの顔だけが目当てというわけではないと思うよ」
口に出すとあまりにも当たり前のことなので、僕はなんだか気恥ずかしくさえなってきてしまったが、取りあえず何か言ってやろうと彼の後ろ頭に向かって僕はそう声をかけた。いきなり『愛』なんて言い出したのも、今まで彼にその『愛』を囁いてきた男女が皆いちようにその容姿を褒め称えたからじゃあないだろうか。が、榎木津がかつて一高の『帝王』と呼ばれていたほどに人気を博していたのは、別にその容姿によるものだけではない。そんなことは当の本人が一番よくわかっているはずであるのに一体何を弱気になっているんだろう、と僕が軽い憤りすら感じてきてしまっていると、榎木津は向こうを向いたまま、ぽつりと
「サルだって…」と意外な名前を口にした。
「え?」
「サルだって…未だに僕の顔にぼーっと見惚れることがある。何年もこうして付き合ってきてるにも関わらず、だ」と拗ねたような口調で言い出したその言葉のあまりの馬鹿馬鹿しさに、僕は思わず聞こえよがしに溜息をつくと
「あのねえ、榎さん」とその背中に向かって少し大きな声で
「あんた、自分のことが全然わかってないな。関口君があんたの顔が好きか嫌いかは僕の知ったことじゃあないがね、あんたの顔だけが目当てならそれこそこんなに何年もあんたと付き合いが続くわけがないじゃあないか」と一気にまくしたててやった。榎木津は無言で背中を向けたままである。僕は更に
「あんたの容姿が素晴らしいことは僕も認めちゃいるが、だからといってそれだけで、その強烈な中味、あんたのその性格がカバーしきれると思ってるんだとしたら、それこそ自信過剰だ。ちゃんちゃら可笑しいくらいだ。あんたの『美貌』にはそれほどの効力はないぜ?もってせいぜい三日がいいとこだ」と続けたが、我ながら感じるその意地の悪い物言いは、まるで彼のその『美貌』を羨んでいるみたいだと軽い自己嫌悪に陥りそうになってしまった。美貌に対する羨望というよりは、その魅力ある人となりを自分でちっともわかっちゃいない榎木津本人に対する憤りだったのだが、どちらにしろその恵まれた容姿を嘆くこの美丈夫に、僕は酷く苛々させられてしまったのである。
再び暫しの沈黙が二人の上に訪れた。流石に言い過ぎたかな、と僕が首を竦めていると、いきなりくすくすという笑い声が榎木津の方から聞こえてきた。
「酷いなあ」榎木津はそう言って、ごろりとこちらに寝返りをうつと
「そんなに僕の性格は悪いのか?」と笑いながら僕を見た。
「悪いとは言っちゃいない。『強烈』だと言ったんだよ」僕は彼が笑っていることに何となくほっとしながら、口調だけは愛想なくぶすりとそう答える。
「強烈ねえ」お前に人のことが言えるのか、と榎木津は笑いながら上を向き、そこで大きく伸びをした。
「その強烈さにも負けずにあんたと付き合ってる、それが『愛』……っていうのはどうだい?」
朴念仁と言われたことを根に持っているわけではないが、ふと僕は先ほどの彼の問い掛けを思い出し、悪戯心からそう言うと、
「へ?」と榎木津は最初何を言われているのかわからない顔をして僕を見たが、やがて、ああ、と思い出したようで、
「愛ねえ」と言い出した自分が恥ずかしくなったのか、苦笑するように笑ってみせた。
僕は思わず調子にのって
「だいたいあれだけサルだ愚図だと罵られながらも何年もあんたとの付き合いを続けてる関口君には、少なくともあんたへの愛はあるね」と茶化すと、
「男はいい、男は」と榎木津は顔を顰めてみせ、僕に今夜の彼の体験――全裸の大家に迫られたという体験を思い出させた。
「ああ、すまない」と思わず謝る僕に
「まあいいけどな」と榎木津は笑うと、そろそろ寝るか、ともう一度大きく伸びをして、布団の中へと潜り込んでいった。
「おやすみ」
僕も彼に背を向けるようにしてやはり布団へと潜り込む。
「なあ」
再び声をかけられ、何ごとかと思って振り返った僕に榎木津は
「それを『愛』というなら…お前にも愛があるよな」
と僕に背中を向けたまま、何を思ったのかそうぽつりと尋ねてきた。
「……愛も愛。究極の愛、無償の愛だ。自ら寝ていた暖かい布団を与えてやる、それがアガペーじゃなくてなんだって言うんだ」
未だに冷える手足を擦り合わせながら僕が嫌味にそう答えると、榎木津は
「お前の暖かい愛に包まれて眠れる僕は幸せだ」と少しも堪えちゃいない様子で、向こうを向いたまま、あははと笑った。
やがて僕の後ろで規則正しい寝息が聞こえはじめる。僕は朝になったら、この下宿の女将が――今年七十になる花ちゃんが――先週、家賃滞納で追い出したここの下宿人の後釜に、榎木津を推薦してやるかと思いながら――流石に七十歳の女将とはアヤマチも起こり得ないだろう―――この寒さを少しでも防ごうと、僅かに煙草の匂いが篭る彼の外套を頭の上まで引っ張り上げたのだった。


                                                                       終

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