ショートその2 [その他]
というわけで、メルマガに書きましたショートその2です。
松井選手、国民栄誉賞とったし(笑)。
かなーり昔に(松井がヤンキースにいた頃ですね)サイトにupしていたショートを再掲載いたします。
少しでもお楽しみいただけると幸いです。
「続きを読む」からお読みください。『ゴジラふたたび』
「それじゃ、いってきます」
今日は遅出だといっていた割に早起きをした良平は先ほどからずっとテレビの前を動かない。朝八時から始まった、メジャーリーグのヤンキース対マリナーズ戦に夢中になっているのだ。
「いってらっしゃい」
名残惜しそうにテレビを振り返りながら立ち上がろうとしているのは、玄関まで俺を見送ってくれるためらしい。
「いいよ、ここで」
普段なら俺もこの時間には既に駅についているのだが、ついつい良平につられてテレビを注視してしまっていたために家を出るのが遅れたのだった。走ればまあ遅刻は免れるだろう、というギリギリの時間がまるで計ったように二回裏、いよいよ松井の打席が廻ってこようとしているときで、まるで良平へのいやがらせみたいだと俺は慌てて彼の動きを遮ると、
「行ってきます」
と自分から軽く唇をぶつけ、それじゃ、と踵を返した。
「気ぃつけてな」
良平の声が背中でした、と思ったときには後ろから俺は抱きこまれてしまっていた。
「おい?」
「ちゃんと玄関までお見送りさせてや」
耳元で囁いた良平の声に、
『いよいよ五番、松井の打席です』
というテレビから聞こえるアナウンサーの声が重なる。
「いいって。次、松井だろ?」
「松井よりごろちゃんの方が大事やわ」
良平はそう笑うと、身体を離し、さあ行こう、というように俺の背を叩いた。
「……」
松井より大事――素直に喜んでいいのかと一瞬首を傾げてしまったのは、良平が松井と自分を同じフィールドに並べてるんじゃないかという馬鹿げたことを考えてしまったからだった。松井みたいな男が好みってわけじゃないよなあ、と、思った俺の脳裏に、ヤンキーズのユニフォームを身にまとうゴジラと良平のがっちりした2ショットの像が浮かぶ。
「う」
想像するだけで圧倒されるや、と思った俺の頭の中が見えたかのように、良平は
「ごろちゃん、何考えてんの?」
と眉を顰めて俺の顔を覗き込んできた。
「いや、別に」
流石に正直にはいえなくて、俺は言葉を濁すと
「そろそろホントに行かなきゃ」
と早足で玄関に向かおうとした。
「へんなごろちゃんやねえ」
そんな俺のあとを、良平が首を傾げながらついてくる。とそのとき、テレビからカキン、というバットにボールが当たった音とともに
『松井!打ちました!』
というアナウンサーの大声が聞こえてきた。思わず振り返った俺は、やはり同じようにテレビを振り返っていた良平が慌てたように視線を俺へと戻し、少しバツの悪そうな顔をしたのを見た。
「?」
このリアクションは?とまたも一瞬首を傾げかけた俺は、すぐにその理由に思い当たり思わず吹き出すと、
「いいからテレビ見てろよ」
と良平の肩を叩いた。
「別にええよ」
「無理しちゃって」
さきほど俺のことを『松井より大事』と豪語してしまっただけに、意地になっているのだろう。時々良平は、意外なほどに子供じみた面を見せてくれる。
「無理なんてしてへんよ」
口を尖らせた彼の唇に、少し背伸びをして俺は自分の唇を重ねると、
「電話するから、試合の結果教えてな?」
と笑って彼の胸を叩いた。
「ごろちゃん」
良平が踵をかえそうとする俺の背を抱き寄せ、再び唇を塞いでくる。
「遅れるって」
慌てて彼の胸を押し上げた俺を見下ろし、良平はにっこり笑うと、
「ほんま、ええ子やねえ」
と今日何度目かの『いってらっしゃいのチュウ』を俺の唇に落としてきたのだった。
結局試合はヤンキーズが2対1で勝ったらしい。
嬉々としてそれを教えてくれた良平の電話を聞きながら、そんなに喜ばんでも、と思ってしまう俺はもしかしたら本当に松井にジェラシーを感じているのかもしれない。
良平にもそれがわかっていたから、今朝はあんなに気にしてみせたのかな、と思うと、自分のそれこそ子供じみた嫉妬が恥かしくなった。ぼんやりそんなことを考えていた俺に、
『ごろちゃん?』
と良平が電話の向こうから呼びかけてくる。
「なんでもない」
しかし、まさかゴジラ松井もこんな日本の片隅で男相手に嫉妬されてるとは思わないだろうな、と思うと我ながらなんだか可笑しくて、俺はもう一度「なんでもないよ」と笑うと、
「今晩一緒にプロ野球ニュース、見ような」
と、それでも松井に対抗するように、電話の向こうの良平に自分の『ささやかな権利』を主張してみたのだった。
松井選手、国民栄誉賞とったし(笑)。
かなーり昔に(松井がヤンキースにいた頃ですね)サイトにupしていたショートを再掲載いたします。
少しでもお楽しみいただけると幸いです。
「続きを読む」からお読みください。『ゴジラふたたび』
「それじゃ、いってきます」
今日は遅出だといっていた割に早起きをした良平は先ほどからずっとテレビの前を動かない。朝八時から始まった、メジャーリーグのヤンキース対マリナーズ戦に夢中になっているのだ。
「いってらっしゃい」
名残惜しそうにテレビを振り返りながら立ち上がろうとしているのは、玄関まで俺を見送ってくれるためらしい。
「いいよ、ここで」
普段なら俺もこの時間には既に駅についているのだが、ついつい良平につられてテレビを注視してしまっていたために家を出るのが遅れたのだった。走ればまあ遅刻は免れるだろう、というギリギリの時間がまるで計ったように二回裏、いよいよ松井の打席が廻ってこようとしているときで、まるで良平へのいやがらせみたいだと俺は慌てて彼の動きを遮ると、
「行ってきます」
と自分から軽く唇をぶつけ、それじゃ、と踵を返した。
「気ぃつけてな」
良平の声が背中でした、と思ったときには後ろから俺は抱きこまれてしまっていた。
「おい?」
「ちゃんと玄関までお見送りさせてや」
耳元で囁いた良平の声に、
『いよいよ五番、松井の打席です』
というテレビから聞こえるアナウンサーの声が重なる。
「いいって。次、松井だろ?」
「松井よりごろちゃんの方が大事やわ」
良平はそう笑うと、身体を離し、さあ行こう、というように俺の背を叩いた。
「……」
松井より大事――素直に喜んでいいのかと一瞬首を傾げてしまったのは、良平が松井と自分を同じフィールドに並べてるんじゃないかという馬鹿げたことを考えてしまったからだった。松井みたいな男が好みってわけじゃないよなあ、と、思った俺の脳裏に、ヤンキーズのユニフォームを身にまとうゴジラと良平のがっちりした2ショットの像が浮かぶ。
「う」
想像するだけで圧倒されるや、と思った俺の頭の中が見えたかのように、良平は
「ごろちゃん、何考えてんの?」
と眉を顰めて俺の顔を覗き込んできた。
「いや、別に」
流石に正直にはいえなくて、俺は言葉を濁すと
「そろそろホントに行かなきゃ」
と早足で玄関に向かおうとした。
「へんなごろちゃんやねえ」
そんな俺のあとを、良平が首を傾げながらついてくる。とそのとき、テレビからカキン、というバットにボールが当たった音とともに
『松井!打ちました!』
というアナウンサーの大声が聞こえてきた。思わず振り返った俺は、やはり同じようにテレビを振り返っていた良平が慌てたように視線を俺へと戻し、少しバツの悪そうな顔をしたのを見た。
「?」
このリアクションは?とまたも一瞬首を傾げかけた俺は、すぐにその理由に思い当たり思わず吹き出すと、
「いいからテレビ見てろよ」
と良平の肩を叩いた。
「別にええよ」
「無理しちゃって」
さきほど俺のことを『松井より大事』と豪語してしまっただけに、意地になっているのだろう。時々良平は、意外なほどに子供じみた面を見せてくれる。
「無理なんてしてへんよ」
口を尖らせた彼の唇に、少し背伸びをして俺は自分の唇を重ねると、
「電話するから、試合の結果教えてな?」
と笑って彼の胸を叩いた。
「ごろちゃん」
良平が踵をかえそうとする俺の背を抱き寄せ、再び唇を塞いでくる。
「遅れるって」
慌てて彼の胸を押し上げた俺を見下ろし、良平はにっこり笑うと、
「ほんま、ええ子やねえ」
と今日何度目かの『いってらっしゃいのチュウ』を俺の唇に落としてきたのだった。
結局試合はヤンキーズが2対1で勝ったらしい。
嬉々としてそれを教えてくれた良平の電話を聞きながら、そんなに喜ばんでも、と思ってしまう俺はもしかしたら本当に松井にジェラシーを感じているのかもしれない。
良平にもそれがわかっていたから、今朝はあんなに気にしてみせたのかな、と思うと、自分のそれこそ子供じみた嫉妬が恥かしくなった。ぼんやりそんなことを考えていた俺に、
『ごろちゃん?』
と良平が電話の向こうから呼びかけてくる。
「なんでもない」
しかし、まさかゴジラ松井もこんな日本の片隅で男相手に嫉妬されてるとは思わないだろうな、と思うと我ながらなんだか可笑しくて、俺はもう一度「なんでもないよ」と笑うと、
「今晩一緒にプロ野球ニュース、見ような」
と、それでも松井に対抗するように、電話の向こうの良平に自分の『ささやかな権利』を主張してみたのだった。
2013-05-19 18:56
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